EU ETS後退への懸念とNGOの警告
調査対象: EU ETSと欧州理事会に向けたNGO共同声明(リンク)
概要
2026年3月、欧州の産業競争力の低下やエネルギー価格の高騰を背景に、世界最大のコンプライアンス市場(Compliance Market)であるEU排出量取引制度(EU ETS)の緩和や延期を求める政治的圧力が強まっています。これに対し、Sandbagをはじめとする35のNGOが欧州理事会(EUCO)に向けて共同書簡を提出し、制度の完全性と炭素価格の予測可能性を保護するよう強く求めました。
主要ポイント
1. EU ETS緩和への政治的圧力と市場の動揺
ドイツのメルツ首相らが、産業競争力への懸念からEU ETSの「見直しや延期」の可能性に言及し、イタリア等も制度の一時停止を求める動きを見せています。こうした短期的な政治介入への懸念から、2026年2月中旬には排出枠(EUA)価格が一時8%下落し、約半年ぶりの安値(約73ユーロ/tCO2e)を記録するなど、市場に大きな動揺が走りました。
2. 35のNGOによる共同書簡での要求
SandbagやCarbon Market Watch、WWFなど35の市民社会組織は、3月19〜20日の欧州理事会に向けて書簡を公開しました。気候目標(2030年および2040年)に沿った排出上限(キャップ)軌道の維持、無料割当の段階的廃止による汚染者負担原則の堅持、そして制度への政治介入を避けるよう強く訴えています。
3. 地政学的リスクとエネルギー価格の波及効果
中東(イラン等)での紛争激化に伴い天然ガス価格が高騰し、代替として石炭火力の利用が増加しています。これにより排出枠の需要が高まる一方、エネルギーコストの増大を理由に制度の緩和を求めるロビー活動も活発化しており、規制の不確実性が高まっています。
背景・文脈
EU ETSは、欧州の GHG / 温室効果ガス 排出削減と脱炭素経済への移行を牽引する中核的な政策ツールです。現在、2026年第3四半期に予定されている制度見直しや、欧州における炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格導入に合わせた無料割当のフェーズアウト(2026〜2034年)が議論の焦点となっています。しかし、インフレや産業界からの反発が強まる中、気候変動対策と経済競争力のバランスを巡る「バックスライディング(後退)」の懸念がかつてなく高まっています。
詳細分析
| 分析項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 価格への影響 | 政治的発言を受け、2026年2月にはEUA価格が約73ユーロ/tCO2e付近まで急落。政策の予測可能性が揺らぐことで市場価格が大きく変動するリスクが顕在化しました。 |
| キャップと無料割当 | 2030年の法的目標に向けた枠の縮小ペースの維持、およびCBAM導入に伴う無料割当の段階的廃止が予定されていますが、これらが後退すれば市場機能が著しく損なわれます。 |
| 収益の活用 | NGOは、ETSのオークション収益およびイノベーション基金を、化石燃料へのロックインを避けつつ、電化や循環型経済への低炭素投資に戦略的かつ確実に向けることを要求しています。 |
関連動向
建築物や道路交通を対象とする新たな市場「ETS2」についても、社会的影響(コスト増)を懸念する一部の加盟国(キプロスや中東欧諸国など)が、導入を当初予定の2027年から2030年へ延期するよう求めています。専門家は、明確で予測可能な炭素価格(排出枠や カーボンクレジット / クレジット の価格)のシグナルがない場合、企業は巨額のクリーンテクノロジーへの投資決定を遅らせることになり、結果的に欧州全体の低炭素産業の競争力を削ぐことになると警告しています。
まとめ
- 欧州の政治的圧力により、世界最大のコンプライアンス市場であるEU ETSの緩和や延期が議論されている。
- Sandbagなど35のNGOが、短期的な政治介入を排除し、ルールに基づく安定した炭素価格の維持を求めている。
- 中東情勢によるガス価格高騰が、制度見直しを巡る議論をさらに複雑化させている。
- 排出枠価格は政治的発言に敏感に反応しており、規制の不確実性が企業の脱炭素投資意欲を削ぐリスクがある。
- 今後の欧州理事会や2026年後半に予定される欧州委員会のETSレビューの動向が最大の焦点となる。
参照情報
- Don't Ruin the EU ETS! Joint NGO Letter to the European Council - Sandbag, 2026/03/11
- Joint NGO letter to safeguard the integrity and predictability of the EU ETS - Carbon Market Watch, 2026/03/11
- European carbon prices slide as Germany's Merz says EU ETS may need revamping - EUROMETAL, 2026/02/16
- The war in Iran exacerbates turbulence in Europe’s carbon market - Net Zero Investor, 2026/03/16
- EU carbon market rocked by politics; volatile “safe havens” - Capital Economics, 2026/02/13