GX-ETS:上下限価格水準案の公表と中長期展望

GX-ETS:上下限価格水準案の公表と中長期展望

出所: 経済産業省「排出量取引制度における上下限価格の水準(案)」 (リンク

概要

経済産業省は、排出量取引制度における上下限価格の水準案を提示しました。これは、2026年度からの本格稼働に向けて、市場価格の予見可能性を高め、脱炭素投資を促進することを目的としています。経済情勢の変動リスクを考慮しつつ、中長期的に炭素価格を段階的に引き上げる見通しが示されています。

主要ポイント

1. 価格安定化措置の目的と機能

排出量取引制度において、市場価格の予見可能性を高め、脱炭素投資を促進するため、上限価格と下限価格が設定されます。これにより、価格高騰時には義務履行を可能にし、価格下落時にはリバースオークションや割当基準強化を通じて価格を維持する「セーフティバルブ」としての機能が期待されます。

2. 2026年度の上下限価格設定

制度開始当初の2026年度においては、下限価格を省エネ対策費用として1,700円/トンに、上限価格を燃料転換コストとして4,300円/トンに設定する案が示されました。これらは、国内の削減コスト水準や国際的な炭素価格動向を踏まえて決定されています。

3. 2027年度以降の価格上昇率と中長期見通し

2027年度以降は、脱炭素技術への先行投資インセンティブを高めるため、実質価格上昇率3%に毎年度の物価上昇率を加算した値を価格上昇率とします。これにより、2030年度には上限価格が4,840円/トン、下限価格が1,913円/トンとなる見通しが示されており、段階的な価格引き上げを通じてGXへの行動変容を促します。

詳細

1. 価格安定化措置のメカニズム

  • 上限価格(価格高騰対策): 排出枠が不足し価格が高騰した場合、予め定められた上限価格を支払うことで義務履行を可能とします。これにより、企業の過度なコスト負担を抑制し、経済的ショックへの対応を図ります。
  • 下限価格(価格下落対策): 市場価格が下限価格を一定期間下回った場合、リバースオークションを実施して排出枠の需給バランスを引き締め、価格を維持します。将来的に割当基準の強化も検討されます。2033年度以降は政府オークションに下限が設けられます。

2. 2026年度の価格設定根拠

  • 下限価格 (1,700円/トン): 足元の省エネ対策費用を参考に設定。省エネJ-クレジットの過去の平均取引価格(約1,620円/トン)を踏まえ、最低限の削減投資インセンティブを確保する水準としています。
  • 上限価格 (4,300円/トン): 省エネコストから燃料転換コストの間の水準を想定。特に石炭火力からLNG火力への燃料転換コストの直近10年間の中央値(4,370円/トン)を参考に、過度な高騰を回避しつつ、先行投資インセンティブを確保する水準としています。

3. 中長期的な価格見通し(2026年~2030年)

上下限価格は、2027年度以降、実質価格上昇率3%と前年度の国内企業物価指数変化率(物価上昇率)を合算して決定されます。具体的な見通しは以下の通りです。

年度 参考上限取引価格 [円/t-CO2] (上限価格) 調整基準取引価格 [円/t-CO2] (下限価格)
2026年度 4,300 1,700
2027年度 4,429 1,751
2028年度 4,562 1,804
2029年度 4,699 1,858
2030年度 4,840 1,913

4. 価格変動要因と今後の制度設計

  • 価格高騰要因: 天然ガス価格高騰による燃料転換の停滞、経済活動の拡大に伴う排出枠不足、将来の制度強化を見越した需要増などが挙げられます。これらに対しては、上限価格設定、活動量に応じた割当量の調整、バンキング(排出枠の貯蓄)抑制などの対策が検討されます。
  • 価格下落要因: 経済活動の低迷による余剰排出枠の発生。これに対しては、下限価格設定と活動量に応じた割当量の調整が対策として挙げられています。
  • 今後の検討事項: 排出枠のバンキング抑制措置や、短期間での取引価格の過度な変動を防ぐための市場取引における制限値幅の水準なども、来年度以降に検討される予定です。

まとめ

本排出量取引制度の上下限価格案は、市場の予見可能性を高め、企業の脱炭素投資を確実に誘導するための重要な枠組みです。2026年の本格稼働に向けた具体的な価格水準と、2030年までの段階的な価格上昇見通しが示されたことで、企業は中長期的なGX戦略を立てやすくなります。今後、国内外の経済動向や技術革新を踏まえ、柔軟な見直しも視野に入れながら、実効性のある制度運用が期待されます。

当社の解釈と論点

今回発表された上下限価格案は、炭素クレジット業界関係者がこれまで期待してきた水準と比べると、低い水準に設定された印象があります。日本国内のJクレジットにおいても、この価格水準では森林クレジットの収益性は相当厳しく、水田中干し案件についても、近年の米価格高騰を踏まえると、クレジット収益の相対的な魅力は限定的と受け止められかねません。
一定程度需要が拡大した場合には、価格が上限に張り付く可能性も考えられますが、それでもこの上限価格水準では、海外の植林案件を含め、経済的に成立させることは相当困難であると考えられます。

また、日本国内で排出削減が想定通りに進まない場合、NDC(温室効果ガスの国別排出削減目標)を達成するためには、CDR(Carbon Dioxide Removal:炭素除去)の活用が不可欠となります。しかし、CDRに必要とされるコスト水準と比べると、今回示された価格水準との間には大きなギャップが存在します。
仮に足元の価格が低水準にとどまるとしても、将来的に価格水準が引き上げられていくという明確なシグナルが示されていれば、中長期的な炭素除去活動への投資を促進するという観点で、より望ましい設計であったのではないでしょうか。