湿地メタン放出、今世紀末に最大60%増:気候目標への影響
出所: Nature Geoscience「Emergent constraints on future methane emissions from global wetlands」(背景情報)
概要
最新の陸域生態系モデルアンサンブルと観測データを用いた研究により、温暖化に伴う世界の湿地からのメタン(CH4)放出量は、2090年代までに2010年代比で50~60%増加すると予測されました。この増加は強力な気候フィードバックとして作用し、各国のメタン削減努力を一部相殺する可能性があるため、今後の緩和戦略においてこの自然由来の排出増を考慮することが不可欠です。
主要ポイント
1. 気温上昇に伴う放出量の定量的予測
陸域表面温度が1℃上昇するごとに、湿地からのメタン放出量(eCH4)は年間で24 ± 10 Tg(テラグラム)増加すると推定されました。高排出シナリオ(RCP 8.5)下では、今世紀末までに放出量が大幅に拡大し、温暖化を加速させる「正のフィードバック」がより鮮明になると予測されています。
2. Emergent Constraint による不確実性の低減
従来のモデル予測には20%から250%という極めて大きな幅(不確実性)がありましたが、本研究では観測データ(FLUXNET-CH4)を用いてモデルを制約する「Emergent Constraint (*)」手法を採用しました。これにより、将来予測の不確実性を約41%削減し、より信頼性の高い推計を可能にしました。
(*) なお、"Emergent Constraint"とは、モデルアンサンブルから浮かび上がる観測量と将来予測の関係を用いた制約手法です。定訳は当社が知る限りありませんが、簡易的には「観測に基づく制約手法」などと表現できます。
3. グローバル・メタン・プレッジへの影響
2030年代までの湿地メタンの自然増加分は、2020年レベルの人為的メタン放出量の8~10%に相当する規模になると予測されています。これは、世界各国が「グローバル・メタン・プレッジ」でコミットしている削減目標を実質的に目減りさせる可能性があり、より野心的な対策の必要性を示唆しています。
背景
メタンは二酸化炭素(CO2)の80倍以上の温室効果(20年スパン)(*)を持つ強力な温室効果ガス(GHG)であり、湿地はその最大の自然発生源(全排出量の20~30%)です。温暖化が進むと湿地の微生物活動が活発化し、さらにメタンが放出されるという悪循環が懸念されてきましたが、複雑な生物物理プロセスゆえに将来予測の不確実性が課題となっていました。パリ協定の目標達成に向け、自然由来の排出変動を正確に把握し、緩和策に反映させるための科学的知見が求められています。
(*) 地球温暖化係数(GWP: Global Warming Potential)については、以下の記事をご参照ください。

詳細
湿地メタン放出の予測数値と地域的寄与
モデルアンサンブル(FUMEMIP)による予測結果をまとめると、特に熱帯地方の寄与が顕著です。
| 地域 | 放出増加への寄与率(予測) | 主な要因 |
|---|---|---|
| 熱帯 (30°S–30°N) | 約68% | CO2施肥効果による植物生産性の向上、温暖なベースライン気温 |
| 温帯 (30°N–60°N) | 約21% | 気温上昇による微生物活動の活発化 |
| 北極圏 (>60°N) | 約8% | 永久凍土融解や湿地拡大の可能性(影響は限定的) |
構造化された分析結果
- 主な放出増加のメカニズム:
- 温度依存性: 微生物によるメタン生成は温度に敏感であり、10℃の気温上昇で放出が数倍になる性質(q10)が影響。
- CO2施肥効果: 大気中のCO2濃度上昇が植物の光合成を促進し、根からの有機物供給が増えることでメタン生成の基質が増加。この効果は全体の増加分の約62%を占めると推定。
- 予測を左右する不確実性要因:
- 浸水域の変動: 将来の降水パターン変化による湿地面積(浸水域)の拡大・縮小予測が最大の不確実性源。
- 観測データの偏り: 現在の観測網(FLUXNET)は中・高緯度に偏っており、放出の主源泉である熱帯地方のデータが不足している点。
- 新たな潜在的ホットスポット:
- 従来のAmazon盆地やコンゴ盆地、東南アジアに加え、チベット高原や中国南部が将来の重要なメタン放出源として浮上。
まとめ
本研究は、温暖化による湿地メタンの増加が、人類の排出削減努力を無効化しかねない規模であることを明らかにしました。不確実性は依然として残るものの、本論文のEmergent Constraint手法(観測に基づく制約手法)によって予測精度が向上したことは、気候政策における重要な進展です。今後は熱帯地方のモニタリングを強化し、自然由来のフィードバックを織り込んだ、より強靭なネットゼロ戦略の構築が求められます。
ホルムズ海峡など地政学リスクが増大している中で、「気候変動や脱炭素どころではない」といった声を最近は聞くようになりました。このような状況の中でこそ、こういった最新の科学的的な知見をアップデートしていくことが重要であると考えます。
