Gold Standardの新規稲作メタン削減方法論「DREAM」
デロイトトーマツ サステナクラフト株式会社によるニュースレターの最新号をお届けします。
本シリーズは、カーボンマーケットにおける最新の基準開発や方法論の動向を専門的かつ詳細に解説するマンスリーレポートです。本記事では、Gold Standardがパブリックコンサルテーション向けに発表した新しい稲作由来の温室効果ガス削減方法論「DREAM(Digital Rice Emission Avoidance Methodology)」について紹介します。
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著者: 中村 雄季 (カーボンスペシャリスト)
概要
水田稲作から排出されるメタン(CH₄)は、農業セクターにおける主要な温室効果ガス排出源の一つです。水田を定期的に落水させてメタン生成の原因となる嫌気性プロセスを遮断する間断灌漑(AWD)は、一般に30〜70%ものメタン削減が可能な農業水管理技術として広く研究されており、すでにVerra・Gold Standard・JCMなど主要なカーボンクレジット方法論に反映されています。
しかし、開発途上国に広がる数十万人規模の小規模農家(スモールホルダー)を対象とするプロジェクトでは、環境十全性(Environmental Integrity)とMRV(測定・報告・検証)の客観性の確保が、長年の課題となっていました。
Gold Standardがパブリックコンサルテーション向けに公開した「DREAM」は、この課題に設計レベルでアプローチしているフレームワークです。降雨データと連動したベースラインの動的自動調整によって干ばつ年の過剰クレジットを防ぎつつ、小規模プロジェクトには衛星リモートセンシングを活用したMRVの制度化(dMRV)によって水管理の客観的実施証跡を提供します。
DREAMが正式導入されれば、VM0051・Isometricと並ぶ稲作メタン削減の新たなグローバルスタンダードが確立され、東南アジアを中心とした大規模アグリゲーションプロジェクトの加速が期待されます。ただし、設計上の改善を実際の環境インパクトにつなげるためには、第三者検証機関の能力・衛星dMRVの技術的成熟・バイヤーの信頼回復という実務的な条件の整備も必要です。
この記事では、まずAWDの科学的根拠とDREAMの方法論の全体構造を解説します。次に、本方法論における主要なイノベーションである動的気象係数と衛星dMRVの詳細な仕組みを説明します。最後に既存のAWD方法論と比較し、DREAMの設計上の差異と市場への示唆を明らかにします。
なお、背景となる業界動向については、以前のニュースレター(2025年03月 Methodology Updates、Isometricの新規稲作メタン削減プロトコル、VerraのAWD方法論「VM0051」がCORSIAで承認)もあわせてご参照ください。



1. AWDとは何か
水田を常時湛水状態に保つと、水が土壌中の酸素を遮断し、嫌気性微生物が有機物を分解してメタン(CH₄)を生成する環境が作られます。これが水田稲作を農業セクター最大級の温室効果ガス排出源の一つにしている理由です。
間断灌漑(Alternate Wetting and Drying: AWD)は、水田を常時湛水状態に保つ代わりに、定期的に灌漑を停止して水位を低下させ、土壌が好気的になる期間を意図的に設けます。好気的環境では嫌気性微生物の活動が抑制されてメタン生成が大幅に減少します。落水後に再び注水するこのサイクルを繰り返すことで、メタン排出量を一般に30〜70%削減できます。
削減量の大小は、現地の土壌・気候・有機物投入量・排水の深さや頻度によって異なりますが、AWDの有効性は世界各地の研究で確認されており、農業セクターにおけるメタン削減の主力手法と位置づけられています。この科学的根拠に基づき、AWDはすでにVerra・Gold Standard・JCMなど主要なカーボンクレジット方法論に組み込まれています。
2. DREAM方法論の全体像
2.1 適格性と適用範囲
DREAMが対象とするのは、灌漑管理が可能な低地稲作システムです。基本単位は「稲作栽培ユニット(Rice Cultivation Unit: RCU)」—単一の連続した圃場ポリゴン(GISベース)—であり、0.5ha未満の微小圃場は「集約クラスターポリゴン」としてまとめて扱えます。各RCUは中央データベースに登録され、他プロジェクトとの空間的な重複チェックが行われます。また、同一開発者による1km圏内への複数Track 1プロジェクトの分割登録(デバンドリング)は明示的に禁止されています。
2.2 6つのモジュール
稲作の温室効果ガス排出は水管理のみならず、残渣処理・施肥・品種選択など複数の要因が複雑に絡み合っています。DREAMはこれらの介入を6つの独立したモジュールとして設計しており、すべてのプロジェクトはModule Aを必須の核として導入したうえで、追加モジュールを任意に積み上げられる柔軟な構造になっています。
Module A(コア - 水管理の変更) は唯一すべてのプロジェクトで必須のモジュールです。農家は定期的に灌漑を停止して水位を低下させ、土壌が好気的になる期間を意図的に作り出します(AWD)。この落水・注水サイクルを繰り返すことで嫌気性プロセスが遮断され、メタン排出量を大幅に削減します。なお、収量リスクが最も高い開花期(推定開花日の前後10日間)には強制的に湛水を維持するFlowering Lockが義務付けられており、食料安全保障への配慮がアルゴリズムレベルで組み込まれています。
- Module B(効率化 - 品種・生育期の最適化): 直播栽培(DSR)や早生品種への変更で湛水期間を短縮。
- Module C(削減 - 残渣管理): 稲わらの農場外持ち出し・堆肥化による野焼きと嫌気的分解の防止。
- Module D(最適化 - 栄養管理): 合成窒素肥料削減によるN₂O抑制。N₂Oのクレジット化はTrack 2のみ可能。
- Module E(強化 - 生物学的酸化): メタン酸化細菌などを活用し、生成されたメタンを土壌内で分解促進。他のAWD方法論にはない独自アプローチ。
- Module F(炭素除去 - 炭素改質): バイオ炭施用による炭素貯留の評価。GS4GG PARC Methodologyとのスタッキングで実施。
2.3 デュアルトラック制度:プロジェクト規模に応じた定量化・MRVの設計
DREAMはプロジェクト規模と技術的能力に応じて、GHG定量化手法と水管理モニタリング方法を切り替える2つのコンプライアンストラックを設けています。小規模農家には衛星dMRVとIPCCデフォルト係数の組み合わせで参加障壁を下げつつ(Track 1)、大規模案件や高精度が求められる場合には直接測定に基づく定量化を求める(Track 2)という、スケールと精度のトレードオフを制度設計に落とし込んでいます。Track 1の年間60,000 tCO₂e上限は、PoA全体または単独プロジェクト全体に対して適用されます。
| 属性 | Track 1(分散型デジタル) | Track 2(高精度・大規模向け) |
|---|---|---|
| 適用規模 | マイクロ〜小規模(年間60,000 tCO₂e以下) | 大規模(年間60,000 tCO₂e超)、またはSOCクレジット化 |
| GHG定量化 | IPCC 2019に基づく保守的な層別デフォルト係数(Tier 1/Tier 2) | 密閉チャンバーによる直接ガス測定(Tier 3)または実測Tier 2 |
| 水管理モニタリング | 衛星SARデータ(Sentinel-1)によるdMRV | 水位センサー(リアルタイム自動送信)等による計測 |
| 不確実性控除 | 固定15%(衛星判定の精度が80%を下回った場合は20%) | 統計的誤差伝播(90%信頼区間。誤差10%超の超過分を控除) |
| エネルギー排出 | みなしゼロ(新規化石燃料機器なしの場合) | 燃料・電力の記録に基づく実計算 |
| モジュール制限 | Module D(栄養管理)は適用不可 | 全モジュール(A〜F)適用可能 |

